-
設問:今回のインターンシップ/オープンカンパニーへの参加を志望する理由を教えてください。300文字以下
-
エントリーシート記入時に注意した点やアドバイス
JALフィロソフィーを読むこと。そして、それに沿った内容をESに書く。
全62件
JALフィロソフィーを読むこと。そして、それに沿った内容をESに書く。
日本航空の業務企画職エアラインエンジニアコースに応募した理由は、OGOB訪問で貴社の○○を見学し、エアラインエンジニアの方々の働き方やサポート体制に深く感銘を受けたためです。○○として未熟な私に対し、
技術的な知識をわかりやすく解説いただき、些細な質問にも一つ一つ丁寧に答えてくださる姿勢から、知識や経験が豊富な技術者が一丸となり、若手も成?を支援される職場環境であると感じました。また、大学では○○の先生から航空宇宙工学を学び、○○学科でありながらも航空機の運用に関わる方法や必要なスキルを親身に教えていただき、エアラインエンジニアとしての目標が明確になりました。このインターンシップを通して技術者としての知見をさらに深め、貴社のチームの一員として大きな目標に向かって共に挑戦し、成?していきたいと強く願っています。
ただ単に「飛行機が好き」などの回答ではなく、なぜあえてJALを選んだのかが伝わるような文章にしました。
私の友人は国連職員を目指し、模擬国連サークルで活動しながら、1年生の頃から目標に向けて努力を続けています。どんなことにも全力で取り組む姿勢に心から尊敬しています。
イギリス留学中、唯一の留学生として参加したハンドボールチームでリーグ昇格を決めた際の写真です。困難を乗り越え現地の友人と築いた絆は忘れられない宝物です。
幼い頃から飛行機に乗る機会が多く、空を飛ぶ大きな鉄の塊にロマンを感じるとともに、それを操縦するパイロットに強い憧れを抱いていました。また、留学経験を通じて、多様な文化背景を持つ人々と交流することの楽し
さや重要性を実感し、「世界中の人々の交流を促進したい」という思いがさらに強まりました。貴社は国内外の多くの都市を繋ぐ便を運行しており、その中核を担うパイロットとして人々の架け橋となりたいと考えています。今回の業務体験を通じて、パイロット業務への理解を深め、自身の適性を確認するとともに、留学で培った「柔軟な対応力」や「行動力」をどこまで発揮できるか挑戦したいです。貴社での経験を通じて夢の実現に向けて一歩を踏み出したいと思い、志望いたしました。
留学先の大学のハンドボール部でスターティングメンバーを目指した経験です。日本ではフィジカルが強みとしていましたが、海外では欧米人の体格に圧倒され、それが弱点となっていました。そこで、約10年間続けてき
たポジションに固執せず、ポジション変更を決断しました。それにあたって主にふたつのことに注意して練習を行いました。まず、フィジカル強化に取り組み、自炊して食事制限を行い、ジムに通うことで12キロの増量に成功しました。次に、実践と復習の機会を増やしました。部活以外にも社会人チームの練習に参加し、経験を積みました。さらに、試合のプレーを録画し、毎回フィードバックを受けながら改善を重ねました。最終的にスターティングメンバーにはなれませんでしたが、この経験を通して、従来のやり方に固執せず新しい選択肢を模索し挑戦することの重要性や、地道な努力の積み重ねが成長につながることを学びました。
パーソナルな面で回答に矛盾が内容書く設問で一貫性を持たせるよう石井した。
職種が特殊なためどんな人物が求められるかを明確に企業研究をしてそれに基づいて書くこと。
大学時代のガクチカをかきつつも、なかにもっと改善できたことも記載した
パイロットに関しては公開情報が少ないのでIRやサイトをみて記入した
自身の地元の良さを自分なりに記入、JALらしいなと感じた。
基本的にはチームワーク×リーダーシップの職業だと感じていたので、それを押し出すようにした、
結論ファースト。自分の体験を織り込む。
◯◯に行った際の現地の友達との写真である。お互いの友達を招き、遠い場所であっても久しぶりの再会を果たしに実際に行くこの写真が私らしさを表していると思う。
パイロット職なので、遠方の地域にも行ける体力があったり、慣れていることをアピールした。
いろいろな土地で見て感じたことや、そこで経験したことを言語化した。
私の強みは、チームワークとコミュニケーション能力です。焼肉屋でのアルバイト経験を通じて、これらのスキルを活かすことができました。特に、忙しい時間帯には、キッチンとホールの連携が不可欠です。私が働いてい
たお店では、お客さんが多く、常にスピーディーなサービスが求められました。その中で、スタッフ全員が円滑に連携できるよう、私は進んでコミュニケーションを図りました。例えば、キッチンからの注文状況を把握し、ホールのスタッフに共有することで、スムーズなサービスを実現しました。また、常連のお客さんとも積極的に会話し、リピーターを増やす手助けをしました。このような経験から、私は他者との協力を大切にし、目標達成に向けて努力する姿勢を身につけました。今後も、この強みを活かし、航空業界でのチームの一員として貢献したいと考えています。
企業が求める人物像との一致。
昔からの夢であることをアピールしました
バイトでの経験を書きました
旅好きの友達について書きました
留学中の写真を載せました
パイロットになりたい意欲の強さをアピールしました。
業務内容に関して理解を深め、貴社への解像度を上げたい。私は、塾講師のアルバイトの経験から相手の為に尽くすことにやりがいを感じている。そのため、日本だけでなく世界中の人々に貢献できる航空業界に興味を持っ
ている。特に貴社は「JALフィロソフィ」の基、お客様に最高のサービスを提供することを追求し人々の心の豊かさを実現しており、魅力を感じている。インターンでは業務内容や貴社の独自の強みを学び、貴社でしかできないことを探し、実際に貴社で働くイメージを付けたい。また、航空業界の最前線で常にお客様に向き合ってきた社員の方々がどのような思いで取り組み、活躍しているのかを肌で感じ、その知見を自身の糧として自己成長に繋げたい。
なぜ航空業界で働きたいのか、そしてその中でなぜJALで働きたいのかを明確にするように意識した。競合他社との比較も行い、論理的でわかりやすい構成になるようにした。
字数が少ないため、要点を端的に伝えられるように気を付けて記述した。一度字数を気にせずに書き、無くても理解できる部分を削っていった。
魅力がしっかり伝わるように具体的に述べることを意識した。
TOEIC
670
お堅い会社というイメージがあったので、絶対に誤字脱字をしないように何回も見直しました。
幼いころから使っていたJALでたくさんの人の幸福を作りたい
体育会で練習の傍ら広報活動に注力した
典型的な質問が多いので、自分のエピソードを織り込み、差別化することを意識した。
インターンシップで学びたいことを簡潔に記載する。
学びたいことが伝わるようにわかりやすく簡潔に記載する。
文字数が限られていたので面接での深堀を想定し、要点を絞って記載した
なるべく簡潔に書くように意識した。
パイロットという職種がどのようなものなのか自分なりに理解を深めたのちに取り掛かった。
日本の翼であり安全のプロフェッショナルである貴社が、快適な空の旅・時間をどのように創出しお客様へ届けているか学びたい。また、新たな事業領域でも貴社のアセットを活用し多様な社会課題の解決がしたいと考えて
おり、企業価値を最大化させるために、私の強みである目標達成に向け他者を巻き込み協同して取り組む力がどう活かせるか学びたい。父の仕事の都合で引越を繰り返した経験から、新しい環境での様々な人とのつながりが視野を広げ、心を豊かにすることを学んだ。革新的な価値の提供を通じてお客様の心を動かし人生を豊かにする貴社の想いや業務への理解を深め、貴社の一員として働く上で必要な資質を本インターンシップで確かめたい。
JALとANAの違いを意識した。
独自性をアピールできるように意識しました。
異なる質問であっても、伝えたいパーソナリティーを一貫してアピールすること。
集団塾講師のアルバイトで、「校舎一生徒目線の先生」として生徒の成績向上に貢献したことだ。生徒の得意苦手は様々だが、集団塾である以上個別指導はできないという課題に対し、私は「個別指導に劣らないサポート」
という目標を立てた。担当生徒のテストや宿題を分析し、一人ひとりに合った指導法を一から確立した。それを基に、演習中や自習時間にこまめに声掛けをした。授業内では、小さな成功の積み重ねから生徒のやる気を引き出すため、こまめに演習時間を設けた。結果、担当クラスの偏差値を10上げ、最下位クラスから満点者が出た。授業外では、学校生活や趣味の会話を通じ生徒を深く知ろうと努めた。結果、生徒に積極的に頼られるようになり、授業進行も円滑になった。また、親御様に月一回は回診電話をかけ、生徒の様子を伺うとともに、生徒に対する自分の熱意を伝えた。成績向上に喜ぶ生徒や親御様を見て、自身のやりがいが「他者貢献」だと学んだ。
簡潔に分かりやすく。見る人すべてがすっと理解できるような内容、文章構成を心がけた。
〇〇の公式サイト運営において「後世に継承される組織の土台を作ること」を目標に活動したことだ。大学一年生から〇〇に所属し、その中でも〇〇人から成る公式サイトの制作を行うチームで副リーダーを務めた。前年の
〇〇に伴い、組織としてどう行動するべきかの指針や、制作するサイトのコーディングの履歴が残っておらず全てを1から始めなければいけない状態であった。そこで他校のサイト制作を行なっている方に連絡をとり話を聞くなどし、リーダーの手が届いていないところを日々見つけ、チームをより良くするために自ら積極的に取り組んだ。副リーダーとしては依頼されたタスクの締切を全て把握し、メンバーのスキルに合わせてタスクを割り振り期限までに完成させることの管理、さらに未経験の後輩の技術育成にも取り組んだ。結果として、1から制作した公式サイトは、のべ〇〇万人の方に閲覧された。そして、1年間のチームとしてどう行動するかの流れやサイト制作に用いたデータは翌年にも引き継がれ、〇〇公式サイトの土台を作ることができた。
実績を数字で示したこと
計画性や忍耐力がある人
周囲への気配りができ、目標に熱意を持って行動する人
事前に適切なエラー対処が出来なかった時
パイロットの業務では簡潔でわかりやすいように話すことが求められるため、ESもそれに従って書いた。
最後までやり抜くことができる人
文字数に気をつけた
人柄が重視されるという口コミを見たので、できる限り素直に答えるようにした。
パイロットということで、事前準備やリスクマネジメントができる人材を探しているのではないかと考え、それに関するエピソードを準備していた。
学び続ける人
行動力がある人
大学のテスト期間
他人に宣言することで、自分を追い込むことができると考えています。
シンプルに書くことを意識した。また、パイロットについて意欲を示すことができるように考えて書いた。
好奇心旺盛で、気になったことは満足するまでとことん取り組む人
にぎやかで、いろんなことに挑戦する人
5つ以上の物事を同時進行で取り組んでいる時
初めて見る人とでも理解しやすい文章にすること。
なるべく具体的に書くこと。
乗り越えた経験から自分が何を学んだかをはっきり示すように気をつけた。
目標から逆算して計画を立て、コツコツ努力することができる人
グループをいい方向に導く、発言、行動ができる人。
深く考えすぎてしまい、頭がいっぱいいっぱいになる時。
面接で答えられるように、結論ファーストで書きました
自身の性格などを回答
周りからの印象を回答。
自己分析の結果を回答。
サークルでのエピソードを記載。
自分の経験を具体例を合わせて記載。
自分の考えを記載。
ガクチカをアピール。
どれも文字数が短く、端的に回答した。
仲間と共に働くことに喜びを感じ、だれよりも努力できる。
結論ファースト
部活動について
主体的な行動を書いた
社交的な人間でどんな場をも明るくできる。
旅などを通して未知の世界に飛び込むこと。
一期一会。縁や繋がりを大切にするため
高校3年生の春に、小学3年生からプレーしていた〇〇を辞める決断をしたことだ。 幼少期、父の影響で〇〇を本格的にプレーし始 めた。常に上達する方法を常に模索し練習に励んだ。高校選択時には、自らの成績を認
められ、私立の強豪校にも誘いをいただいた。 その後、入学したのは進学校であった。部活に対する意識がそれぞれで異なり、憤りを感じる場面が少なくなく、また顧問は、選手の 意見に耳を傾けず、いつも理不尽に怒鳴り、選手を萎縮させてしまうような先生だった。部員、顧問と、〇〇という目標に向かうた めの強い繋がりを築けず、自分自身も大好きであるはずの〇〇を嫌いになりかけていた。そのような状態で〇〇を続けることこそ、今 後必ず後悔すると思い、辞める決断をしたのだった。 退部後、夏の大会の全校応援に帯同した際、息子のいないグラウンドに向か い、他保護者に混ざって応援する父と母の姿を見て、強く心を打たれた。とても悔しく、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。しか し、それと同時に、これまで支えてくれた親に恩返しをしていこうと強く思ったのを覚えている。 大学入学後は、当分〇〇から離れ たいという気持ちがあったため、サークルなどには入らなかった。だが、最近になって、たまに友人とキャッチボールをしたり、プロ の観戦に行ったりする度に、やはり〇〇は楽しいなと思う。やはり自分は〇〇が好きなのだと感じている。 この決断自体、自ら の過去のネガティヴな要素であるように一見思われるし、その決断が正しかったのか考える時もある。しかし、この決断によって、好 きなものをより再認識でき、自らの人生は決して自分自身だけのものでなく、人の支えによって成り立っていることに気づくことがで きた。そして、何より、その決断をした当時の自分に自信を持ち、その決断にどれほどの意味を持たせるかは、今後の自らの行動次第 だと思う。
多様な他者と団体意識を持って活動した
過去の就活生のESを参考にしつつも、自分の言葉や考えを素直に書くように気をつけた。
私の人生の中で最大の決断は、高校生のときに、自身が今通っている大学を目指すと決めたことです。 当初、◯◯大学は自ら目指し始めたわけではなく、予備校の方にすすめられて目指し始めました。従って自発的なもの
ではなく、合格出来たら良いな、というくらいの中途半端な気持ちのまま勉強をしていました。それは、自身が通っていた高校からはそれまで誰一人としてその大学に合格していなかったこと、そして自身の部活動が非常に忙しかったということも理由としてありました。前者については、その大学のようなレベルの大学を目指している生徒がほとんどいなかったために、先輩に話を聞いたり、同級生と切磋琢磨したりすることができませんでした。後者については、◯◯部に所属しておりほぼ毎日厳しい練習を重ねていたため、勉強時間を中々確保しづらいということがありました。しかし、夏のオープンキャンパスで実際に大学を訪れて、興味ある分野の研究に触れたこと、そして何よりも大学の知的な雰囲気に憧れを抱き、絶対にこの大学に入って勉強をしたい、と考えるようになりました。このことをきっかけにして、私は本気で◯◯大学を目指して勉強することを自ら決断しました。それからは部活動と勉強との両立を図り、それがどれだけ大変であったとしても、諦めずに継続しました。苦手科目が最後まで苦手のままであったり、成績が伸び悩むこともあったりしましたが、行くと決めた大学で自らの学びたい勉強をすることを目標に、決して歩みは止めませんでした。その結果、かつて目指していた大学で、今では充実した学生生活を送ることができています。高校生のときの決断は人生最大のもので、また地道な努力を必要とするものでした。しかし、あのとき決断をして、またその決断を変えずに継続的に努力を重ねて、本当に良かったと思います。
自ら考えて決断し、またその後に努力を重ねたことを強調した。
小中の6年間続けた野球を辞め、高校から陸上を始めました。チームメートはかけがえのない存在であり、中学の軟式野球部を引退した後も、高校の硬式野球部で共に甲子園という大きな目標を目指そうと呼びかけてくれま
した。そのような仲間たちを裏切ることは苦渋の決断でした。しかし、1日数千回ものスイングをした結果腰椎分離症という大きな怪我を患い、練習が出来なくなりました。私は自分を冷静に見つめ直し、野球への適正や自身の強みを吟味した結果、野球を辞め新たな競技を始める選択をしました。俊足を生かすプレーを得意としていたため、陸上競技の短距離に挑戦しました。しかしながら陸上初心者にも関わらず高校の競走部はコーチがいなかったため、知識を自分で会得する必要がありました。理想的なフォームを手に入れるためのドリルや、力強い走りを手に入れるためのトレーニングを、様々な参考書を読み漁り実践することで身に付けました。また、自身やチームメートの試合や練習の動画を見返しながら話し合うことで課題を明確にし、弱点を克服するため臨機応変にメニューを組み立て実行し続けました。その結果、自己ベストを大幅に更新し県大会に出場することができました。さらに課題を見つける力、解決のため話し合う能力や努力し続けるための忍耐力を養うことができました。私はこの決断によって自信を磨き上げることができたと確信しています。
体育会競走部に貢献できるよう努力すること
不撓不屈の精神で挑戦しやり切ること
業界や業務内容をより詳細に知ること
面接時に深掘りされても大丈夫なよう、自身の経験や強みなど全て根拠あるものにするよう心がけました。
専攻を選んだ際についてのエピソードを書いた。
嘘偽りなく書いた。
私の人生最大の決断は、高校入学後の部活決めである。具体的には、硬式野球部と軟式野球部とで迷い、最終的に軟式野球部に進む道 を選択した。そもそも、私は父と同じ高校に入学した。その理由は、父が果たせなかっ
た甲子園出場の夢を実現したかったからであ る。もちろん、問答無用で硬式野球部に入部するつもりでいた。しかし、体験練習に行った際に厳格な上下関係や年功序列で出場機会が低学年に与えられない現実を知った。私には、実力主義で評価してもらいたいという想いもあったため、気持ちが揺らいだ。そこで、軟式野球部の体験にも顔を出した。すると、全員がのびのびと野球をしていた。この時、初めて自分の夢を追うか、自分の理想の環境で野球をするかで悩んだ。最終的に私は、3つの理由で軟式野球部の入部を決断した。1つ目は、軟式野球部は全国大会に出場できる可能性が高いことである。現に軟式野球部は過去に全国大会に出場していた。2つ目は、実力主義で判断してもらえる点である。3つ目は、先輩からの熱烈なアプローチを受けたことだ。彼らは、毎日私のクラスに来てくれた。これらの理由から私は、夢ではなく自分の理想の環境で野球をすることに決めた。そして、全国大会に出場することを目標に日々辛い練習を乗り越えた。そんな中で2年時にはチームの中心選手として全国大会準優勝まで導くことができた。また、3年時には自分だけではなくチーム全体を俯瞰できるようになり、全員の意識を全国大会出場という高い目標に向けることに成功した。その結果、2年連続全国大会出場を達成できた。軟式野球部で一緒に切磋琢磨し、闘った仲間は一生切れない関係だと考える。私は、たとえ成果が出なかったとしても軟式野球部に入部した決断は正しかったと今では考えている。 また、これが私の人生で初めての自分でした決断だった。この決断以降、私は自分の進む道を自分で決断できるようになった。
全て自分で計画した南米旅行の写真である。
文字数が長いので読みやすいように順序だてをする
中学3年生の時に、マレーシアから一人で本帰国をし、中高一貫校に編入学をしたことです。 マレーシアの日本人学校に部活動はなく、私は毎日のように遊び、メリハリのない生活を送っていました。 その中で、少年野
球時代のチームメイトが部活に打ち込んでいる話を聞き、自分と忍耐力や精神面で差がついてしまっていると危機感を覚えました。 そこで、寮生活が可能な中高一貫へ編入学し、部活動に打ち込むことができる環境に行きたいと両親を説得し、編入学試験をさせていただきました。 マレーシアで中学校を卒業したいという思いもあり悩みましたが、星野仙一さんの「迷ったら前へ。苦しかったら前に。辛かったら前に。」という言葉に心を打たれ、編入学試験の勉強に打ち込ことができました。 結果、編入学をした学校で勉強・部活動・寮生活の全ての面接で充実した生活を送ることができ、決断をして良かったと思います。 この経験から、行動することの大切さを学びました。以来、星野仙一さんの言葉をモットーに、大学生活ではプロップファームでのトレードや不登校の生徒の家庭教師、営業の長期インターンに挑戦しました。
背景が伝えるように具体的にエピソードを書くことを意識しました。
冷静に状況判断することが得意です。
アルバイト先の新人定着率向上
職種の理解を深め、適性を確かめたい。
現在の学部に入学することを決めたこと。大学受験時は学びたい分野が決まっておらず、様々な分野に触れてから専攻分野を絞りたいと考えていた。入学後に、学ぶ分野を決められるような制度をとっている大学・学部は選
択肢が少なく、他の多くの大学から選ぶべきではないかと悩んだが、多くの人が取らないであろう選択にこそ価値があると考えて入学を決断した。また、入学後この決断が良いものであったと思えるようにするため、出来る限り広い領域から授業を履修し、見識を深められるように努めた。結果的に、この学部では社会科学からサイバーセキュリティ、はたまた〇〇まで、文理の垣根を超え、既存の学問体系に囚われないような授業を履修することができた。現在は〇〇について研究しているが、この分野は先行研究が少なく、法律に関する知識のみでは深く考察することができないため、様々な分野の授業で学んだ経験が活きていると感じる。また、様々な領域を学ぶことができるということは、多様なバックグラウンドを持った学生と知り合うことができるということでもあり、自らの興味関心を刺激し合えるかけがえのない友人を作ることができた。
文字数が少ないため、簡潔に述べるようにした。
【A】私の長所はグループの士気を盛り上げることのできる統率力です。私が所属している〇〇部での新歓で、チーム戦力呼応上のためにそれまでの20人獲得から40人獲得へと目標を変更し、その新歓の代表を務めまし
た。例年行っていなかった新歓で想定される場面での会話練習、2月から4月まで毎週の新歓目標設定ミーティングとその週の狙いの確認の場の設定などを実施し、部全体に「新歓は気合を入れてやらねばならない」という空気を醸成し、結果として史上最多の42人の新入部員を獲得することができました。短所は、一つのことにのめりこみすぎてしまうことがあることです。学校の勉強や、部活動などそれぞれ単体にだけ力をかけすぎてしまいます。ただ、集中力を発揮できるという点では全くの短所というわけではないのかもしれないと前向きに考えております。 【Q】これまで一番力を入れて取り組んだことを教えてください。(400字以内) 大学での〇〇部の競技生活です。二回生の時に、〇〇大学との対校戦があるのですが、私たちの代は記録的大敗を喫してしまいました。私個人としても一回生の全日本大学選手権で準決勝敗退に終わっており、このままでは目標とする日本一に到達することができないまま四年間が終わってしまう、と危機感を覚えました。試合後の全日本大学選手権に向けてのメンバーでは本番の試合を見据えたうえでの基本練習を何週間もかけて行って勝負できる土台を形成し、接戦になった時に勝てるように近隣大学に練習試合を持ち掛けて何度もレース形式での連取を行いました。また、精神面での成長も不可欠であると考え、主体性を鍛えるために毎練習前と後にミーティングを行い、それぞれが考える課題と解決策を話し合いました。結果として、この年は5位入賞を果たすことができました。
大学での〇〇部の競技生活です。二回生の時に、〇〇大学との対校戦があるのですが、私たちの代は記録的大敗を喫してしまいました。私個人としても一回生の全日本大学選手権で準決勝敗退に終わっており、このままでは
目標とする日本一に到達することができないまま四年間が終わってしまう、と危機感を覚えました。試合後の全日本大学選手権に向けてのメンバーでは本番の試合を見据えたうえでの基本練習を何週間もかけて行って勝負できる土台を形成し、接戦になった時に勝てるように近隣大学に練習試合を持ち掛けて何度もレース形式での連取を行いました。また、精神面での成長も不可欠であると考え、主体性を鍛えるために毎練習前と後にミーティングを行い、それぞれが考える課題と解決策を話し合いました。結果として、この年は5位入賞を果たすことができました。
自分の強み、なぜパイロットに向いていると思うのか、というポイントを意識的に織り込んだ。
・結論ファースト
・相手との間に言葉の齟齬がないように、分かりやすい言葉を使うことを心がけた
・なぜこの設問を課しているのかを考えた
・ですます調にすることによって、丁寧な印象を与えられたと思う
高校でそれまで続けてきたバレーボールを辞め、吹奏楽部に入部した事です。部活動紹介で吹奏楽部の演奏を聴き、感動した事から自分も人の心を動かす演奏がしたいと考え入部を決意しました。
私は周りを巻き込んで行動する力があります。この強みを所属するバレーボールサークルで発揮しました。
プロセス重視だと聞いたので、その経験をどのように取り組んだのかが、よく伝わるように書きました。
卒業研究発表の準備における経験です.私は研究室内での自分の研究の発表において,自分が当たり前だと考えていたことを説明せず,わかりにくい発表をしてしまいました.また,質問にも明快に答えられず,担当教員か
ら厳しい言葉をいただき悔しい思いをしました.私は他者視点の欠如と発表内容の理解不足が原因だと感じ,研究室内の同期にお互いの発表を見せ合い,意見交換することを提案しました.遠慮せず気になる点を指摘し合うことで,自分の発表でわかりにくい所を自覚した上でさらに自分の研究内容の理解を深めることができました.この取り組みにより私だけでなく全員が発表をさらに改善できました.これらの経験から他者視点の重要性を全員がさらに理解し,大学院生となった今でも発表前に学生同士で意見交換をし,改善するのが恒例となりました.この経験から他者の意見を素直に聞き,良いものを作るために全員で協力することの重要性を学びました.
たくさん文字数を書くことができたので,何を問題だと考え,どのように取り組み,何を学んだのかについて理解をしてもらえるよう詳しめに書いた.
「航空業界において顧客満足度にこだわり続けるJAL」の業務企画職について理解を深めたいと考えるためです。私は飲食店でのアルバイトを通して顧客満足度の改善を行った経験があります。勤務していた店舗ではスタ
ッフの意思疎通不足が原因で顧客満足度が低下していました。そこで、店舗に有給での会議を導入することでスタッフ間の意思疎通を促進するとともに店舗の目標、およびその目標を達成するための個人の目標を明確化しました。これにより、スタッフ間の連携の改善、顧客満足度の向上を実現し、リピーターを大きく増加させることができました。この経験から将来的にもお客様の喜びにつながる業務改善・企画に携わりたいと考えています。貴社の業務企画職では、お客様への価値提供と成長を目指した挑戦ができるという点で自らの裾野を広げることができると感じています。インターンシップでは特に業務企画職で重要にされているマインドを学びたいです。
市場動向としては、世界規模での航空機搭乗者数が増加する一方で,国内での搭乗者は少子高齢化によって減少に向かっていくことが予想されます。また,近年登場したLCCが国内の低所得者層や発展途上国を中心にさら
なる大きな広がりを見せることが予想されるため,FSCの位置づけや販売促進が重要になっていくと考えられます。私は特に今後のFSCにおいてマイルとキャッシュレス経済との相乗効果に期待します。 ITの活用としては、JAL SMART AIRPORTを筆頭に搭乗手続きがスマート化していく一方で、保安検査はさらに厳重化していくことが考えられます。その中で,顧客情報や航空機の運航情報などを安全に運用するための情報セキュリティの重要性はさらに高まっていきます。また,鉄道や自動車を中心に広がりを見せているMaaSも今後は航空機を巻き込んだ世界規模の様相を呈していくことは間違いなく,長距離移動についてもDoor to doorのシームレスな移動が実現していくと予想されます。
文が冗長にならないこと。日本航空への理解を深めたうえで書くこと。
私の強みは、海外でもコミュニケーションを通じて、活発に周りを巻き込んでいける行動力である。その強みが最も発揮されたのは、大学2年次、海外で教育プロジェクトを運営した経験である。現地の実情把握が困難だっ
た際、リーダーとして、現地学生や団体と交渉を重ね、提携を成功させた。提携団体と共に、現地の子供が親しみやすい、現地語の教材を作成した。地域の小学校や自治体から好評を得て、3つの小学校で約200名の小学生に活動を拡大することができた。一方で、自身の弱みは、時折周りの意見を尊重するあまり、優柔不断になる点である。上記の企画運営の際、周りの意見を留意しすぎて、決断が下せず、計画通りに物事が進まないことがあった。以後、効率的に進めるため、それぞれの意見の共通点から全員の共通認識を取り、前に進めていくこと、また綿密な計画と時間管理を通じて、改善に取り組んでいる。
日本の最高品質のサービスを世界のより多くの人々に届けたい。この思いを貴社にて実現すべく、インターンを通じて、貴社のサービスや働き方への理解を深めたいと考えている。私は、航空は人々の活動範囲を大きく広げ
、新たな場所での挑戦をサポートし、人々の夢を拓く事業であると考える。そう思ったきっかけは、私がアメリカ留学に行くフライトで貴社の真心のサービスに触れたことである。CAの方の声かけや食事の充実したサービスが、私の緊張や不安を解きほぐし、新たな挑戦に向けて背中を押してくれたのである。この経験から、人々の新たな挑戦をサポートするサービスづくりに貢献したいと思うようになり、業務企画職に興味を持った。お客様のニーズを分析し、サービスを創造する中で、様々な側面からそのニーズに答えていく点に大きな魅力を感じている。このインターンを通して、貴社における業務企画職についての理解を深めたいと考えている。
5年・10年後は、国際的な環境、多様な人々の中で、その時代にあった世界最高品質のサービスを作ることに直接貢献できる人間になりたい。私が考える世界最高品質のサービスとは、そのサービスに触れた全員が笑顔に
なり、何かに挑戦する後押しをすることである。 そう思うようになったきっかけは、アメリカ留学時に貴社のサービスに触れ、不安と緊張を笑顔で頑張ろうとの決意に変えることができた経験である。このようなサービスをより多くの人に経験してもらい、笑顔で挑戦できる人を増やしたいと思うようになった。 5年・10年後は、よりグローバル化が進み、社会や人々の価値観も変容する中で、その時代にあった新たな価値を提供できるサービスが求められると考える。したがって、その時の変化する社会や人々を笑顔にできるサービスを考え、つくっていける社会人になりたいと考えている。その夢の実現に向け、大学2年次には社会問題解決プロジェクト、3年次の10か月間のアメリカ留学において、異文化の人々と協働の中で自身の意見を発する力、またプレゼンテーション能力を磨いてきた。 それらの能力にさらに磨きをかけ、最高品質のサービスを創造し、発信できる人を目指したい。
簡潔にかつ思いを伝える内容。具体的な経験もしっかりと述べた。
私は車が幼い頃から大好きで、運転の最高峰と感じている飛行機の運航乗務職に興味を持ち志望致しました。
他の人と被らないようにした。
会員登録すると掲示板も見放題!
日本航空(JAL)には36986件の掲示板書き込みのほか400件の選考・面接体験記、
277件の内定者の志望動機、117件のエントリーシートがあります。
その他にみん就に集まった約2万9000件の企業掲示板や就活生による面接、WEBテスト、リアルタイムの内定情報を
ご覧いただけます。内定者の志望動機、ESを参考に就活に挑もう。※パクり厳禁!